京子の旅日記(10月5日)

2009年10月5日(月)萩京子

ウィーン公演初日。



ユーゲントシュティール劇場、およびオットー・ワーグナー病院について、さらに情報を得た。
昨日の日記にアールデコで統一、と書いたところはアール・ヌーヴォーの間違い。
失礼しました。
そもそもユーゲントシュティールとは、アール・ヌーヴォーのことなのだから、ユーゲントシュティール劇場とはアール・ヌーヴォー劇場ということなのであった。

建築家オットー・ワーグナーは、カールスプラッツ駅舎が代表作。
ここオットー・ワーグナー病院内の教会も代表作のひとつだそうだ。
この病院が建てられたのは1907年。
1940年から45年までナチスの占領下となり、そのとき、多くのユダヤ人の子供や身寄りのない1歳半から15歳までの子供たちが、この場所で人体実験の犠牲となった。
1000以上の遺体が発掘され、別の墓地に埋葬されているとのことだが、劇場前には、犠牲となった子供たちのための慰霊の花壇が作られている。
「MAHNMAL FUR DIE OPFER VOM SPIEGELGRUND」と書かれた立て看板があり、地元の小学生がデザインした花壇に772本のろうそくをイメージした照明がしつらえられていて、夜になると点灯する。



昨日までこの劇場、またこの劇場のある場所についてほとんどなにも知らなかった。
新しい表現を受け入れる劇場という認識だった。
それがここに来て、この劇場をとりまく現実を知ることで、この劇場、この場所で公演することの意味が大きく胸に迫ってきた。
この劇場で『変身』を上演することの意味はとても深い。
ウィーンという伝統の街で公演する意味に加えて、20世紀という時代を体験したひとつの都市の顔が見えてきて、夜の本番に向けて、今までにない高揚感を覚える。

19時半開場、20時開演。
遅い開演である。
座員は20時開演に慣れていないので、なんとなく落ち着かない。

ロビーには、ちょっとしたおつまみがテーブルの上においてある。
観客はワインなど飲みながら開演を待つ。
病院内の患者さんは自由に劇場に来ていいことになっている。

さて、開演。
とても響きがいい。
ヴァイオリンなどはほんとうにヴァイオリンらしい音が鳴り、隠れた音が見えてくる。
書かれた音の意味が新たに見えてくる瞬間だ。
観客は少なかったが、ラジオや情報誌などでこの公演のことをキャッチして来てくださった、とても貴重な観客だ。
音楽、ことば、演技の行方に集中している。
客席内にピンとはりつめた緊張感がある。
一幕の終わり、とても暖かい長い長い拍手。
一幕の終わりでこんなに長い拍手をもらったことはない。
二幕の終わり。「出発」のとき、この場所で犠牲になったこどもたちのことを思って、胸がいっぱいになってしまった。
終わってからの拍手も熱く、ブラボーの声も出た。
ロビーでの送り出しをして、そのまま、ロビーで乾杯になった。
お客様も自由に残って、感想を述べてくれる。
「とても心に響いた。」
「カフカをこのように表現することに驚かされた」
「音楽がすばらしい」「演出がすばらしい」「照明がすばらしい」
等々、たくさん声をかけてもらった。
日本からかけつけてくださったお客様も、とても良くなっている、と喜んでくれている。

3ヶ国目、どの国でも仕込みで大変苦心している。
でもその成果が、このような舞台に実を結んで、とてもうれしい。
本番がうまくいきさえすれば、ほんとうに疲れも悩みも吹き飛ぶというものだ。
このうれしい瞬間のために、ひとつひとつ問題を解決しながらここまで進んできたのだなあ。

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