京子の旅日記(9月30日)

2009年9月30日(水)萩京子



今日はブダペスト公演初日である。
ブダペスト以降は様々なことがうまくいっていたら、公演当日のゲネプロをやらなくてもよいかもしれない、と考えていたが、空間があまりに違うことや現地の照明スタッフのためにもゲネプロをやった方がよいと判断する。
午後2時からゲネプロ。
午前中、私は字幕のチェックに加わる。
ハンガリー語は他の三ヶ国に比べると字数が少ないので、字面はよいのだが、悩ましいのは人称である。
ルーマニアでも、この問題はあったのだが、ハンガリーに至って、問題が強く表面化してきた。
「変身」は基本的に語ることばを歌う、というスタイルのオペラ台本なので、誰がそのことばを語る(歌う)か、ということがおおいに問題になるのだった。
この作品では、主人公であるK、あるいはグレゴール自身が「わたしが」と言ったり、「彼が」と言ったりしている。
そして場面によっては、コロスがグレゴールを演じながら発言したりする。
そのことが、この作品の独特の質感を生んでいる。
日本語は主語を省略することが多いので、主語がなくても伝わるのがあたりまえのように思ってしまう。
だが、ハンガリー語は主語を省略しにくいので、ここにいたって通訳のアニタさんとともに字幕台本と格闘する。
「このセリフは誰が言いますか?」
「本人ですか?」
「この彼とは誰のことですか?」
そのようなやりとりが約2時間半行われた。
なぜ今ごろそんな問題が起きるかというと、今回の上演で歌の割り振りを大幅に変えているからである。
つまり、誰がその言葉を言うか、ということを大幅に変更したのだ。
ハンガリー語への翻訳は現在北海道在住のイングリッドさんにお願いしたが、たいへん苦労されたことと思う。
原作に近い部分は出版されているカフカのハンガリー語訳をひもときながら、しかし翻訳著作権の問題もあるので(ハンガリーはきびしいらしい。)まるまる同じ言い回しにならないように気を配らなくてはならない。
イングリッドさんは1998年の上演のビデオに基づいて字幕台本を翻訳してくださっている。今回、歌うパートをかなり変更しているので、字幕もそれに応じて変更しないとおかしなことになるのだということが、ここにきて判明したわけだ。
ひとつのセンテンスをKが言うか、妹が言うか、コロスのひとりがいうか、どれがより劇的な効果を生むか、懸命に考えた。
稽古場でもいろいろ試して議論した部分もある。
この自由さが、作曲上の、または演出上の自由さとして実を結んでいると思う。
はじめからハンガリー語、チェコ語、ドイツ語などの台本で作曲していたら、まったく違う作品になるだろう。
日本語で作曲されているからこそ、このような音楽に仕上がった、ということを、あらためて強く感じた。

ゲネプロ終了後、短いダメ出し。
声も楽器もよく聞こえる。
全体に音が鳴りすぎるので、ピアニシモの表現をもっと工夫してほしい、ということを伝える。

日本では舞台上の掃除は舞台スタッフが行なうのだが、こちらは劇場の係の人が舞台上をモップがけしてくれる。
開場直前まで舞台上にいることはできず、開場30分前には掃除の方に舞台を明け渡す。
そういうことも、こちらに来てみないとわからないことだ。

さて18時半開場。19時開演。
今日もブカレストと同じく、お客様の入りを心配したが、6~7割くらいの入り。
日本人のお客様も多かった。
小さな空間なので、客席の反応も役者にじかに伝わっていく。
舞台の隅々で行われていることがよく見えておもしろい。
こちらの客席の反応は じっくりよく考えながら見ているように思える。、
ハンガリー語のセリフの受けもまずまず。
全体的には日々進化している。
大変なことが多いが、本番がうまくいけばすべてのことが解消される。
終わって観客の熱い拍手。
ブダペストでは2日公演するので、大石が挨拶した。
「ブカレストで公演することができてうれしい。」
ということと、
「明日も公演するのでお知り合いの方に宣伝してください。」
と言ったら、とても受けた。
さて、今日はバラシもないし、翌日も夜公演一回のみなので、ちょっとした打ち上げをすることにした。



とても大変な仕込みだったし、通訳のみなさんにも大活躍していただいている。
海外ツアーの中日祝い的な意味合いも込めて。
通訳さんは4人。
ハンガリー人のアニタさんはブダペスト大学の博士課程の大学院生。
日本の祭りを研究しているという。
日本に住んでいたこともあるといい、とても流ちょうな日本語を話す。
後の3人は音楽家。
コーディネーター兼通訳の桑名一恵さんはオーボエ奏者で、ご主人はホルン奏者とのこと。
ものすごく行動力のある方で、さまざまな申請書をすばやく提出し、問題をどんどん解決していく。
近藤直子さんは合唱指揮者。もうひとり鈴木怜子さんはクラリネット奏者。というわけで音楽談義がおおいにはずんだ。

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