京子の旅日記(10月10日)

2009年10月10日(土)萩京子

いよいよプラハ公演初日。
11時から昨日の続きの舞台稽古。
14時からゲネプロ、というか通し稽古。
衣裳メイクは適当でよし、ということ。

4ヶ国に至ってもゲネプロしますか~!
やりますね~!

ここはとにかく演技エリアが狭いので、役者諸氏がぜひゲネをやりたいとのことであった。
昨日に比べると、声の通りが良くなっている。
空間に合わせて、それぞれが声の出し方を工夫した結果だろうと思う。

この劇場は、楽屋とロビーは舞台を通らないと行き来できないようになっている。
ロビーからも客席からも楽屋へ行かれない。
つまり、開場時間になると楽屋は閉じ込められた空間となるのだ。
トイレはある。
お茶場として、お弁当を食べるなど楽屋ラウンジ的に使っていた場所は、17時半から掃除が入り、照明が入り、ぐっと雰囲気が変わった。
カンティーンという空間になる。
お客がコーヒーやビールやワインを飲みながら開演を待つ空間だ。

アルフレッド劇場の近くにサッカースタジアムがある。
実は今日、チェコ対ポーランドの重大な試合があるとのことで、プラハの街は大変な状態なのであった。
制作の土居麦より、夜はあまり出歩かないように、とのおふれも出る。
警戒のためだと思われるが、昼間からヘリコプターが飛んでいる。

世界中がここの場所を注目しているのかと思うと愉快である。
多くの人々が注目しているプラハのサッカースタジアムのすぐ側で、日本のオペラ劇団がカフカの「変身」を上演する。

18時半開場、19時開演。
小さい劇場はほぼ満席となった。
今までにない反応、チェコならでは、と思える反応があった。
それは、本編の第一声。
「ある朝、グレゴール・ザムザはいやな夢を見て目を覚ますと、自分が一匹の大きな虫に変わっているのに気がついた」
というところで、ざわざわっと笑いが起きたのである。
ヴァイオリンのくぃーんというグリッサンドにも反応がある。
身を乗り出すように見ている人が多い。

カフカが友人たちの前で自作を朗読した時のような、笑いに満ちた空間・・・オペラ『変身』が目指した「場」が出現したように思えた。
佐藤敏之支配人の動きや叫び声に客席は大喜びし、下宿人のモグモグ・・・も大受けである。
実はこの下宿人の食事場面のヴォーカリーゼについては、冷や汗ものの一幕があった。

まずはハンガリーで。
下宿人のヴォーカリーゼはお祈りから食事へと移るのだが、ヴォーカリーゼの音声「○○○○・・・」に現地スタッフが騒いでいるので、受けているのかと喜んでいたら、実はかなりやばい隠語とのことだった。

そこで言葉を変えて、ブダペスト公演は乗り越えた。
ウィーンでも注意して、事前に調査してクリア。
そしてここプラハでも事前調査はしたのだが、日本人のうら若き女性通訳さんたちは、そういうことは知らなかったのである。
舞台稽古になって、劇場スタッフ(男性陣)がザワザワしているので、あれっと思っていると、案の定、○○が問題なのだった。
下宿人のひとり、岡原がヒエーっと言ってひっくり返る。
またまた急遽言葉を変える。

日本のオノマトペがおもしろく伝わるといいな、と思っていたのだったが、思わぬ落とし穴があったというわけだ。
下世話な隠語で笑いをとろうとは思っていないので、まあ変更は仕方がない。
海外公演はいろいろ気をつけなくてはならない点は多い。

さて本番。
今までで一番反応があった。
チェコ人の反応、日本人の反応、それぞれに、今までと同じ場所での反応、今までにない反応など、とてもおもしろい公演となった。
終わってからの拍手もなかなか鳴り止まなかった。

本番中にヘリコプターの音なども聞こえた。
外部の音が完全にシャットアウトされていない劇場というのも悪くない。
私はこのごろ、コンサートでも、外の音が多少聞こえることが悪いこととは思えないようになってきた。
サッカーの試合、ヘリコプターの音が聞こえるプラハでの「変身」公演。
2009年10月10日の「変身」がここにある。

終わって、カンティーンで乾杯。
私はこんにゃく座代表としてごあいさつ。
「1996年の初演以来、『変身』をプラハで公演することが私たちの夢でした。
その夢が実現できて、とてもうれしい。
この作品を作曲した林光、台本・演出の山本清多はどんなにかこのプラハ公演に立ち会いたかったことでしょう。
私たちは彼らの分も喜びを感じています。
劇場スタッフのみなさん、ありがとう。」

フランクフルトから来た方もいた。
今日はチェコ語字幕だったが、ドイツ語しか解さないその方は、まったく問題なく作品を楽しんでくれた。

プラボ紙の音楽評論家のヒルディノヴァさんも、「カフカをこのように舞台化したこと」をたいへん評価してくださった。
カフカの生きた時代が表現されている、と言ってくださった。
チェコでもこのような作品化はまったく行なわれていない、と言う。
「変身」のなかに、笑いが満ちていることに驚きを示し、心から楽しんでくださったようだ。

劇場を出ると、サッカー観戦帰りの人たちとすれ違った。
結果はどうだったのだろうか?

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