京子の旅日記(10月3日)

2009年10月3日(土)萩京子

ウィーン公演の会場、ユーゲンシュティール劇場での仕込み。
ホテルは南駅の側のコングレス・ホテル。
劇場は中心部の西側、少し離れたところにある。
朝の渋滞を恐れてちょっと早めの8時10分ホテルのロビー集合。
チャーターバスで全員、劇場へ向かう。

劇場はオットー・ワーグナー病院の敷地内にある。
敷地は大変広々としていて、緑に溢れている。
この病院は精神病院あるいはサナトリウムというべき施設で、病院前のバス停の名前は、「精神病院前」となっている。
ユーゲンシュティール劇場はウィーンでの新しいオペラ、シアターオペラ、その他実験的、前衛的演劇が頻繁に上演される劇場だ。
劇場の建物は、元々は何に使われていた建物なのだろうか?
舞台があり、客席フロアーは会議にも、ダンスパーティーにも使えるような空間だ。
厨房もある。
今回私たちは、舞台は使わず、舞台の前の空間を演技エリアとして使う。
客席は仮説で、すでに劇場スタッフが設営をすませてくれていた。



現地の照明スタッフ3名のうちのひとりが、熱を出して来られないという。
明日からの3日間動ける人を急遽探してもらい、今日は支配人のマウラー氏が照明の仕込みに入ってくれることになる。



マウラー氏は奥さんとともにこの劇場を切り盛りしている。
企画制作・舞台・照明・情報宣伝・販売その他すべてお二人でこなしているようだ。
「私が劇場です。」と言っていた。

今回、神戸から大田美佐子さんが手伝いに参加してくださった。
大田さんとは、古くは1989年だったか、こんにゃく座が東京の夏音楽祭に出演した際、「二人の漁師と乳売り娘」というオペレッタのフランス語からの翻訳をお願いしたときからのおつきあいだ。
その後、クルト・ワイルの研究でウィーンに留学されていた。
私は2000年にウィーンを訪れた際、大変お世話になった。
そして、いつかこんにゃく座がウィーンで公演できたらいいね、という話をしていた。
それから9年たって、今回ついに念願のウィーン公演が実現することになったことを、今はもう帰国されて神戸で教鞭をとられている彼女に報告したら、ぜひ協力したいと申し出てくださって、手弁当でかけつけてくださったという次第である。
大田さんはブレヒトの作品が日本人作曲家によってどのように作品かされているかについても研究されていて、林光、萩京子、寺嶋陸也は研究対象でもある(笑)。

さて、夕方からの恒例の路上宣伝パレード。
いったいウィーンのど真ん中でできるものなのだろうか?
いろいろな人に聞いてみるが、まあやってみて、なにか言われたら立ち去ればいいのでは、という具合なので、どにかくやってみることにする。
大石さんは布や塗料を買いにでかけ、横断幕を作成。
楽士の面々は自由行動の後、17時30分にオペラ座の前で待ち合わせ、ということにした。
オペラ座=国立歌劇場=シュターツオパー・・・、いわゆるオペラの殿堂ですね。
現在の芸術監督は小澤征爾。
昨晩は「スペードの女王」が上演されていたはずだ。
オペラ座すぐ横の、楽譜やおみやげものを売っているアルカディアというお店の人に、この目の前で演奏してもいいか、と聞いてみた。
すると、この近辺はきびしくて、事前の許可が必要で、無断でやって捕まると罰金が高い、とのこと。
さて、どうするか・・・、と考える。
警察に言って、「やらせてくれ」と言おうと思い、警察にたどり着いたが、土曜の午後のためか、ベルを鳴らしても出てこない。
では、警察に届けようと思い警察に行ったが、留守だった、ということが、免罪符になると思い、路上演奏を決行することにする。
クラリネットの橋爪さんが迷子になってなかなか現れなかったので、30分間オペラ座の前で、横断幕を張って、チラシ配りをしていた。
受け取ってくれる人、受け取ってくれない人、話しかけてくる人など、いろいろである。
ブカレスト、ブダペストでは、受け取ってくれない人はほとんどいなかった。
ウィーンはさすがに少しツンとしている。
敷居が高い。
横断幕に「日本オペラ・・・カフカーオペラー変身」と書いてあるので、注目を集めることはできるようだ。
「カフカですか」とか、「どこでやるのですか」など、声をかけられると、うれしい。
ひとりの中年の男性から「オペラ座の前で、このようなデモンストレーションをやる勇気に敬服する。」と言われた。
オペラ座(国立歌劇場)の保守性にうんざりしている人もいるわけで、私たち日本のオペラ一座の行動も意味深いものと受け取られたわけだ。

さて、私たち路上演奏隊のコーズは、オペラ座前~アルベルティーナ広場~ノイア・マルクト~シュテファン大聖堂前~王宮前・・・というこれぞウィーンという場所ばかり。
警察の目を逃れながら(笑)、歩いた。
演奏すると、人々は立ち止まってくれて、聞いてくれる。
レパートリーはブダペストと同じ5曲。
「夢の番人」「雨の音楽」「35億年のサーカス」「岩手軽便鉄道の一月」「十二月の歌」。
道行く人に「とてもすてきな曲だ。これがオペラのなかで演奏されるのか?」と聞かれる。「変身」のなかの曲ではないので、ちょっと困ってしまうが、笑ってごまかす(笑)。
最後の王宮前では、小さな一歳半くらいの男の子が、私たちの演奏に合わせてからだをゆすってずっと踊っている。
私たちから目を離さない。
かわいくて、うれしくて、心細さも疲れもふっとんだ。

終了後、歌役者と演奏者はホテルに。
私たち制作チームは劇場に戻る。
夕食はコーディネーターの片山さんが作ってくれたカレー。
ご飯は制作の土居麦がお鍋で炊いた。
劇場に厨房があるのは良いことだ!
たいへんおいしかったです。

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